仙台地方裁判所 昭和42年(ワ)795号 判決 1968年9月25日
原告
露野紀雄
原告
露野瑤子
代理人
勅使河原安夫
同
阿部長
同
沼波義郎
被告
有限会社
仙台百珍味寿や
被告
渡部子之三
代理人
佐藤和夫
主文
被告らは連帯して、原告らに対し各金二〇五万五、九〇三円および同各金員に対する昭和四二年六月一五日からいずれも完済に至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
原告らその余の請求はこれを棄却する。
訴訟費用はこれを八分しその一を原告らの負担とし、その余は被告らの連帯負担とする。
この判決は一項に限り仮に執行することができる。
事実
(申立)
原告訴訟代理人(沼波義郎)は「被告両名は原告両名に対し、連帯していずれも各金二四七万〇、〇〇〇円および同各金員に対する昭和四二年六月一五日からいずれも完済に至るまで年五分の割合による金員を各支払え。訴訟費用は被告両名の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求めた。
被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。」との判決を求めた。
(主張)
原告訴訟代理人は請求原因として次のとおり述べた。
一、(1) 被告渡辺子之三(以下被告渡辺という)は昭和四二年六月一五日一二時三五分頃小型貨物自動車(パネルバン1.2トン積み)に荷物を満載し塩釜市宮町二番地付近を運転し同所高橋方前路上から方向転換をはかつて元きた道に戻ろうとし同道路から後退方向右側の空地に後退進行した際、訴外露野剛(以下剛という)に自車後部を接触させて同訴外人を転倒させたうえ後車輪をもつてひき、更に前進して再度後車輪でひきなおすなどして同訴外人に対し顔面、胸部左右上肢右臀部右大腿部挫傷の傷害を与え、同日一三時五分塩釜市立病院において死亡するに至らしめた(以下本件事故という)。
(2) 被告渡辺の右行為は本来該自動車の後退運転をするときは後方を充分に確認して事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるにかかわらずこれを怠り、右空地に遊んでいた訴外剛に気付かず漫然と後退を図つたことの過失によるものである。
ところで被告有限会社仙台百珍味寿や(以下被告会社という)は酒のつまみなどの販売を業として前記自動車(以下本件自動車という)を所有しその営業のため運行の用に供していたものであり、被告渡辺は同被告会社の従業員として本件自動車を運転していたものであり、原告両名は夫婦で前記死亡の訴外剛は原告両名の長男という身分関係を有するものである。したがつて前記被告渡辺の惹起した事故による原告両名の損害発生に対しては被告渡辺は勿論のこと(民法七〇九条により)被告会社も自動車損害賠償保障法第三条本文の規定により、もしこれが認められないとしても民法第七一五条の使用者として、よつて生じた損害に対し連帯してこれを賠償する責任があるというべきである。
二、本件事故による訴外剛の損害
(1) 訴外亡剛の将来うべかりし利益の喪失による損害について、剛は昭和三七年一〇月二三日生れの健康な男子であつたので第一〇回平均余命表によればその平均余命は六三、二七年であるから向後約五九年は生存するものということができ、平均的勤労者としては満二〇才から五九才まで向う四〇年その収入をあげることが可能であつたということができる。
しかも剛の父原告露野紀雄(以下原告紀雄という)は高等学校卒、原告露野瑤子(以下原告瑤子という)は短期大学一年中退の学歴を有しているから訴外亡剛も少なくとも高等学校を卒業して右平均的勤労者として収入をあげる蓋然性を有するべきである。そして旧制中学・新制高校卒の男子労働者に平均月間きまつて支給する限金給与額を労働省労働統計調査部編昭和四一年賃金センサス第一巻第二表、全産業、全企業規模平均によるときは二〇才から二四才まで二万六、八〇〇円、二五才から二九才まで三万五、一〇〇円、三〇才から三四才まで四万三、〇〇〇円、三五才から三九才まで四万九、一〇〇円、四〇才から四九才まで五万六、五〇〇円、五〇才から五九才まで五万七、五〇〇円となる。
したがつて右収入のうちから同人の生計費五割を控除するときはその残余の純収入がすなわち剛の将来うべかりし利益であるということができる。そこでこれを本件事故発生時点において算出するため、右得べかりし利益をホフマン式計算方法により別紙第一計算書記載の方法によつて民法所定の年五分の法定利率による中間利息を控除して算出すると金三九四万〇、〇〇〇円となり、剛は本件事故により右同額の財産的損害を受けたということができる。
(2) 訴外亡剛の慰藉料について、
訴外剛は心身共に健全な子供であつたところ前記一(1)の事情により殆んど即死にも等しいような状態でその生命を喪失した。その精神的苦痛は図り知れないものがあり、これを金銭をもつて償うためには少くとも金一〇〇万〇、〇〇〇円をもつて相当とする。
三、原告両名の損害賠償請求権の相続について、
ところで原告両名は前記のとおり夫婦であり、訴外剛は原告両名の長男であるから、原告両名は、右剛の前記財産的損害金三九四万〇、〇〇〇円及び精神的損害金一〇〇万〇、〇〇〇円合計金四九四万〇、〇〇〇円の被告らに対する請求権を同訴外人の前記死亡によつてその二分の一である各金二四七万〇、〇〇〇円宛それぞれ相続した。
四、原告らの慰藉料
しかも原告両名は、特に原告瑤子においては訴外剛出産後二度に亘り流産し、医師の診断によれば習慣性流産とされ二人目の子供を得ることができなかつたため、ひとえに独り息子である右剛にその将来の期待を寄せていたところ、前記一の(1)の事情の本件事件によつて同訴外人を失つてしまつた。これは両名にとつては将来に対する希望を全く喪失させられたも同然というほかない。したがつてこの悲しみ憤りに対してはいずれも各金六〇万〇、〇〇〇円の慰藉料を受けても足るものということができない位である。
三、原告らの慰藉料についての予備的主張
前記三に記載したとおり仮に原告らにおいて訴外剛の慰藉料を相続することができないときは原告らの右慰藉料各六〇万〇、〇〇〇円は、相続を前提としているものであるから、前記事情からするならば原告ら各自の慰藉されるべき金額はいずれも各金一一〇万〇、〇〇〇円となるというべきである。
六、弁護士費用
本件訴訟は被告らに対する不法行為にもずく損害賠償請求訴訟であるが、この種の訴訟は被告らの責任の所在原告らの生じた損害額の算定など法律的に全く素人である原告両名にとつてはその主張立証不可能に近い状態のものである。被告らにおいて任意に賠償するならともかくとして本件訴の提起によらざる限り被告らからの賠償支払を受け得ぬ本件訴においては原告らにおいて弁護士を依頼するのは右事情からするときは必然のことであつて、このことは被告らにとつても特に予見可能の事情というべきものである。
ところで原告らの訴訟委任をした弁護士は仙台弁護士会所属の弁護士であるが同弁護士会が判定した昭和三九年一〇月執行の報酬規程によれば係争物の価格が一〇〇万〇、〇〇〇円を超え五〇〇万〇、〇〇〇円以内の場合の手数料はその六分謝金はその八分と定められているが原告両名の本件事故による損害金は前記のとおり各自それぞれ金三〇七万〇、〇〇〇円であるところ原告らは後記のとおり自動車損害賠償保障法による保険金として各自それぞれ金七五万〇、〇〇〇円宛を受領したのでその訴額は原告各自金二三二万〇、〇〇〇円となるのでその一割四分は弁護士に支払う必要があり、これを控え目に見積もつても原告各自金一五万〇、〇〇〇円同両名合計で金三〇万〇、〇〇〇円の支払をしなければならない。
七、原告らの既受領金額
原告らは被告会社の加入する自動車損害賠償保障法による保険金をそれぞれ金七五万〇、〇〇〇円宛受領した。
八、よつて、原告らはそれぞれ被告らに対し前記訴外剛からの相続分各金二四七万〇、〇〇〇円原告各自の慰藉料各六〇万〇、〇〇〇円、弁護士費用各一五万〇、〇〇〇円合計各金三二二万〇、〇〇〇円から右受領金各金七五万〇、〇〇〇円を控除した各残金二四七万〇、〇〇〇円およびこれに対する損害発生の日である昭和四二年六月一五日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の連帯支払いを求める。
被告ら訴訟代理人は原告の請求原因に対する答弁および抗弁として次のとおり述べた。
一、本件事故発生の事実、原告らおよび訴外剛の身分関係、被告らの原告らに対する賠償責任の存在に関する請求原因一項の事実は全部認める。
訴外剛の本件事故によつて生じた損害額に関する同二項の(1)の事実については同訴外人の生計費の割合に関する部分は認めるも、その得べかりし利益の喪失額については争う。
すなわち、原告らは剛の将来うべかりし収入額を年令に応じ累進させているがその蓋然性は少ない。
乙第六号証による右訴外人の初任給一ケ月金二万五、五〇〇円を基礎とし、生活費を収入の五〇とし、その残年額金一五万三、〇〇〇円を年間の純利益として、同人は全稼働期間中右利益を得るとするのがもつとも蓋然性を有するものである。従つて同人が満二〇才から五九才まで稼働するものとして、その間のうべかりし利益の現在額を民法所定の年五分の法定利率によりホフマン式計算法を用いて算定するとその損害額は金二三〇万九、〇七六円となるというべきである。
その余の請求原因事実は全部争う。
二、抗弁
(1) (過失相殺抗弁) 本件事故現場は北東を堀割に、南西を側溝をへだてて道路に接する空地で通常駐車場又は自動車の方向転換の場として利用されているところであつて本件事故はかかる危険な場所で満四才余の剛を放置しひとり遊ばせておいた原告らの保護監督上の不注意に負うところもあるから、本件事故の責任及び賠償額の算定にあたつては右事情も考慮さるべきである。
(2) (損益相殺) 原告らは本件事故による剛の死亡により同人の就労可能年令たる満二〇才に至るまでの同人に対する扶養義務を免れることになつたのであるから、原告ら主張の剛の得べかりし利益の喪失による損害額から右養育費を控除すべきである。この時は満四才から満二〇才に至る一六年間にわたり一ケ月につき金五、〇〇〇円の養育費を要するものとして、これを現在額にひき戻した金六九万二、一六〇円を各原告について等分に原告らが相続したとする右損害額より控除すべきである。
証拠<略>
理由
一本件事故発生にかかる請求原因一項の(1)同事故に対する被告らの原告らに対する損害賠償責任に関する同項(2)の事実については当事者間に争いがない。
二そこでまず本件事故発生については訴外亡剛の保護監督者たる原告らにも過失があつたから、よつて生じた損害についてはその過失も考慮されなければならない旨主張するのでこの点につき検討してみるに、成立に争いのない甲第六号証の四、乙第一号証、同第二号証ならびに原告露野紀雄本人尋問の結果を総合すると、本件事故現場は塩釜市海岸通り二の五高山克志外二名の共有にかかる空地で看視人なく通常付近の商店や外来者の駐車場、方向転換の場所として利用されていたが、同時に近所の子供らの遊び場となつており、原告らも他に遊び場がなく比較的安全な場所であるため道路に出ないように注意を与え乍ら、剛が右空地で遊ぶことを許していたこと、原告らは常に剛に交通事故に注意するように言い聞かせ、剛も四才余の幼児であり乍ら原告らと同道する際も電柱の内側を歩くとか、横断の際手をあげて注意して渡るなど交通事故にはかなり注意を払つていたことが認められ、他に右認定を疑うに足る証拠はない。
そしてこのような事情からすれば剛が本件事故当時右空地で遊んでいたとしても、原告らに剛の保護監督につき咎められるべき点ありとはいえず、むしろ被告渡辺がかかる空地においてこそ、子供らの遊んでいることを予見し後退の際などは特に一旦降車のうえ危険の有無を確認する等の注意を払つて自動車を運転すべきであつたということができ、この点で被告らの右過失相殺の抗弁は失当であること免れない。
三以下よつて生じた原告らの損害額について判断することにする。
(1) まず剛のうべかりし利益の喪失について判断するに、
<証拠>を総合すると満四才の男子の平均余命が原告ら主張のとおり63.27年であること、剛は健康な男子であつたことが認められるから、同訴外人が生存していたとすれば向後なお約五九年間生存し、その間満二〇才から満五九才まで何らかの職につき向う四〇年間収入をあげ得たであろうことが考えられること、『また剛が存命したものとして将来いかなる職につくかを想定することはもとより困難であるが、剛の父原告紀雄は高等学校を卒業のうえ会社に勤務して生計をたてていること、原告瑤子は短期大学を中退していることが認められることからすると、訴外剛も恐らくは義務教育の課程は勿論のことそれ以上の高等学校の教育を受けて満二〇才に達してから以降は通常の一般的平均労働者として、これと同程度の収入をあげ生計を維持することになつたであろうことは容易に推測される。』
しかも成立に争いのない甲第二号証(労働省労働統計調査部編昭和四一年賃金センサス第一巻第二表の学歴年令階級および勤続年数階級別給与額表)によれば全産業男子労働者の全国平均月額賃金(平均、月間きまつて支給する現金給与額)は二〇才以上二四才までの者は二万六、八〇〇円、二五才以上二九才までは三万五、一〇〇円、三〇才以上三四才までは四万三、〇〇〇円、三五才以上三九才までは四万九、一〇〇円、四〇才以上四九才までは五万六、五〇〇円、五〇才以上五九才までは五万七、五〇〇円であることが明らかであるから、右訴外剛も本件事故によつて死亡するようなことがなかつたならば右統計表と大差ない収入を得たであろうことも容易に推認されるということができる。被告らは剛が得るであろう初任給月額を基礎として全稼働可能期間中の得べかりし利益が発生するものと考えて算出すべきものと主張するが本邦においては年功序列賃金体系が一般であることは公知の事実であり右の如く年令に応じ賃金も漸増するものとして得べかりし利益を算定するのが妥当であり、その点で被告らの主張はそれ自体理由がないものといわざるを得ない。
ところで右剛の右得べかりし利益の算出については前示稼働期間にわたつて生存していたならば自己の生活費を支出しなければならないこと当然であるから同人の前示稼働期間にわたつてうべかりし純収入を算出するに当つては前示収入額から右生活費を控除することを要するところ、同訴外人の全稼働期間における生計費はその全収入額の五割として算定すべきことについては当事者間に争いがない。
そこで右各年次における年収額を算出のうえ、これから同訴外人の生計費五割を控除した残額を算定基準としてこれより一年ごとにホフマン式計算方式にしたがい民法所定年五分の割合による中間利息を控除すべきである(一時金としてその得べかりし利益の総額を取得するものであるから)が、訴外人は死亡年令時は前記のごとく満四才であつたから、満二〇才に達して稼働できるようになるまではその間一六年間を要すること明らかであるので、右中間利息の控除もこの点を考慮しなければならず、この点からするならばその計算方法は別紙二記載のとおりとなり、その結果同訴外人の得べかりし利益の損害金は合計金四一一万一、八〇六円(銭以下四捨五入)となるということができる。
そして本件交通事故によつて剛が死亡したこと、原告らが剛の父母であることは当事者間に争いがないから原告らは剛の死亡により民法第九〇〇条第二号によつて、各自その二分の一宛の相続分すなわち各金二〇五万五、九〇三円宛それぞれ相続したものということができる。
(2) 次に原告らは本件事故により死亡した剛がその生命を害されたことにより蒙つた精神上の苦痛に対する慰藉料を相続した旨主張するので、この点につき判断するに、慰藉料請求権は一身専属的なものであつて、当該請求権者の行使がない限り譲渡性がないことはもちろんのこと相続の対象にもならない性質のものと解するを相当とする。被害者の近親者である父、母、配偶者、子などが被害者の死により精神的な苦痛を蒙つた時は、民法七〇九条七一〇条によつてその固有の慰藉料請求権を取得するのであつてこれが認められる以上、その相続性を認める必要性豪も存しない。同法七一一条は慰藉請求権者を限定する趣旨と解する根拠とはなし得ず、最高裁判所(昭和四二年一一月一日集二一巻九号二二四九頁)の判決はその理論的根拠を欠き変更されるべきものであるからである。
したがつて右理由からするときは原告らの慰藉料相続の主張はそれ自体理由がないものといわなければならない。
四次いで原告らが剛の死亡により蒙つた精神的苦痛に対する慰藉料について判断する。
原告らが剛の父母であることは前記のとおりであり、<証拠>を総合すると剛は原告らのひとりの息子であること、原告瑤子は昭和四〇年から四二年にかけて三度も切迫流産をし、習慣性流産という極めて流産し易い体質であつて、将来子供を得ることができないおそれもでてきていること、以上のような事情もあつて原告らの剛の将来に対する期待は多大なものであつたことが伺がわれ、この事実によるときは原告らは本件事故にもとずく剛の死亡によりその精神的苦痛図り知れないものがあるとは考えられるがこの苦痛を金銭をもつて償う全額は原告らにおいて少くも各七五万〇、〇〇〇円をもつて相当とする。
したがつて右三の(1)および四に記載の金額を合計すると原告らはそれぞれ被告に対し金二八〇万五、九〇三円の賠償を求め得べきところ、原告らが本件事故により被告会社の加入する自動車損害賠償保障法による保険金を金七五万〇、〇〇〇円宛受領したことは当事者間に争いがないから、それぞれ被告らに対する右要償額から右原告らの受領額を控除した各金二〇五万五、九〇三円の損害賠償請求権を原告らは各自被告らに対して有するということができる。
五損益相殺
そこで次に被告ら主張の損益相殺の抗弁について判断するに、そもそも損益相殺は損害賠償において賠償請求権者(被害者)が損害を受けると同時に損害賠償を請求するに至つたと同一の原因によつて利益を受けた場合公平の見地から右利益をも考慮のうえこの利益分を控除して賠償額を算定しようとするものであり、右利益は被害者本人に生じたものでなければならないところ、本件剛の養育費の負担義務者は剛の両親たる原告らであつて剛ではないのであるから、剛の死亡によりその養育費が不要になつたとしても直ちに剛の右損害と損益相殺をすることはできない。この理は本件の如く剛のうべかりし利益の喪失による損害賠償請求権を原告らが相続により承継した場合にも何ら変更をうけるものではないから原告らの右主張は右意味において採用することができない。
六弁護士費用
最後に原告ら主張の弁護士費用の損害について判断する。
当事者本人訴訟を建前とする我民事訴訟においても、地方裁判所以上の裁判所において訟訴代理人により訴訟を遂行する場合は訴訟代理人は弁護士に限定されており、又本件の如き交通事故においては被害者が任意に損害賠償の履行をえられない時は権利実現のために訴を提起する必要があり、その場合弁護士を依頼するのが通例ではあること、その際訴訟委任者は弁護士費用を要すことは公知の事実であるが、弁護士費用は弁護士と依頼者間の報酬契約によつて生じた出費であり右のとおり本人訴訟を建前とする我国の民事訴訟制度としては交通事故自体とは本来直接の関連を有するとはいうことができず、その出費した費用をもつて直ちに相手方の不法行為と因果関係を有する損害とは解し難い。
かかる費用の賠償請求が許されるか否かはむしろよつて訴訟を提起するに至つた原因である不法行為とは別個のものと考うべきであつて、一旦訴を提起した後、相手方が自己にその賠償請求を拒むべき理由がないことを知悉しながら、又は当該事案を客観的にみれば損害の発生等が明らかで賠償責任があることを知りうべき場合であるのに過失によつてこれを知らず、結局被害者をして訴を提起せざるをえない状況に追い込み、又はあえてこれに応訴しその権利を争い訴訟を遅延せしめ、そのために出費を大きくさせる等相手方の不当な応訴等それ自体が公序良俗に反するものと認められる場合にはじめてよつて生じた損害としてその賠償請求が肯定されるに過ぎないというべきである。したがつて弁護士費用をも本件交通事故にもとづく損害とする原告らの主張は排斥しざるを得ないし、また右損害発生の原因となるべき事実の立証もないからこれを認めることはできない。
七よつて以上の理由によるときは原告らの本訴請求は被告らに対しそれぞれ各金二〇五万五、九〇三円および同各金員に対する損害発生日であること明らかな昭和四三年六月一五日から各完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める限度で正当として認容するが、その余の請求は失当としてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条、仮執行宣言については同法第一九六条一項を適用して主文のとおり判決する。(藤枝忠了)
<別紙省略>